先日、友人機長(以下Z)からこんな話を聞かされました。
13時間の長いフライト。パイロットは操縦担当が4人、デッドヘッド1名の計5人。
他機もいないし天気も良い。
「こんなんだからパイロットは給料泥棒だなんて言われるんだよな!」
なんて機嫌よく冗談飛ばす機長。
しかし、Zにはちょっと気になることが。
4人のクルーのうち、Aの様子がどうもオカシイ。ソワソワとモノを探し始めたり、数字をブツブツ呟いてみたり。
様子を見ていると、ナッツを食べる時、10回ナッツを口に運ぶのがルーティンの様子。でも4番目と6番目のナッツは必ずゴミ箱に捨てる。
そして紙に書かれた9の数字をZに見せる。
「コレ、なんだと思う?」
『9でしょ』
「違う、ひっくり返すと6になる。だからこれはキケン...」
なんだコイツ...
そう思っていると、Aはトイレに行ってくると離席。
しばらくすると何やら後ろで口論が始まった。
コックピットにはZ1人なので離れるわけにもいかずAの帰りを待っていると、帰ってきたAはこうZに不満をぶちまる。
「アイツは何も仕事をしていない!ただ座ってるだけじゃないか!」
『いや、だって、、、彼はデッドヘッドだから、、、』
そうこうしているうちに交代のため機長がレストから帰ってきた。
その機長に対してA。
「あなた、今まで何やってた?アイツは後ろに座ったまま何もしていないのに、なんでアナタが注意しない?!」
唖然とする機長。
その場をなんとかZが収め、無事着陸。
忘れ物がないかバンク(休憩室)に確認しにいくと、なんとバンクがメチャクチャに汚れてる。挙句には、開けられないようにシールで封がされているところ(開けてはいけないところ)がこじ開けられている。
『おい、おまえ、、、これ、どうしたの?』
「違う、違うよ、アイツがやったんだよ、デッドヘッドのアイツが、、、」
『でも、デッドヘッドのやつはここには来ないよね、、、』
「あ、、、携帯電話がない、、どこだ、、、あぁ、、これもアイツだ、携帯を盗んだんだよアイツが...!」
ホテルに到着すると、ちょっと気味が悪くなったZはDO NOT DISTURBの札をドアノブにかけ、シャワーを浴びることに。
服を脱いでいると機長から電話。
「どう思う?」
『どう思うって、、、ダメでしょう。Aと2人で操縦室にいる間、トイレにも行けなかった。何するかわからないから。替えのパイロットを呼ぶべきでは』
「うむ、、、とりあえず会社には報告しておく。出発までまだ時間があるから、少し様子を見よう。機内の荒らされてた所は写真に撮ったから、これも送っておくか...」
シャワー後、ビールでも買いに行くかと外にでたZ。
あれ、さっきかけた札がない.....
1階に降り、ビールを買い、フロントで新しい札をもらいドアノブにかけ、その日は2缶飲んで就寝。
翌朝、再び機長からの電話で目覚める。
「おはよう、実はAから話があると呼び出されてね、君も来てくれないか」
『了解...』
着替えて部屋を出ると、また、札が無い。
「マジかよ...」
待ち合わせ場所のロビーのソファに腰掛けるA。2人がそこに着くなり機長を指差して言い放つ。
「あなたは機長失格だ!!」
なだめるように低い声で機長。
「わかった、わかった、君の言う通りだね。ここだと人目もあるから、君の部屋で話そう」
Aの部屋に着くとZは目を疑った。洗面所のシンクやトイレ、テーブルが油性ペンのようなもので無茶苦茶に落書きされていたのだ。
「全部、、、全部デッドヘッドのアイツだよ、、、」
再び機長を指差すA。
「そのマスクを取れ!おまえ、、、悪魔なんだろう、、外してみろそのマスクを!!
今この瞬間から機長は自分が務める。明日のフライトを繰り上げて今夜オマエ抜きで帰ることにする!!」
呆気にとられる一同。
ふとベッドの上に目をやると、DO NOT DISTURBの札が3枚。
『ねぇ、、、コレ、、、どしたの』
「アイツ、、、デッドヘッドのアイツが!!」
『でも彼はこのホテルにはいないよね、、、』
「悪魔だから、、、アイツも悪魔だから!!」
部屋に戻るなり機長より入電。
「ダメだね」
『はい』
「一緒に帰るのは危ない。とりあえず身の危険を感じるから、部屋を変えてもらおう。君も一緒にフロントに来てくれ。ホテルにも全て話そう。他の客に迷惑がかかるといけない。」
機長もZも、Aの言動を録音し部屋の落書きを写真に収めていた。写真をみたホテルのマネージャーは驚いて言った。
「いや、、、実は13階のクルーラウンジにも似たような落書きがあって、、、」
部屋へ戻り荷物をまとめていると、コンコンとドアを叩く音。
まさかと思い覗き穴を覗くと外にはAが。
仕方なくドアを開ける。
「今夜、君と二人で帰ることにする。夜11時に下に集合。あの機長はダメ、置いて帰る。」
『そうだね、そうしよう...』
新しい部屋は6階。6を嫌うAは6階には上がってこないだろうと踏んだから。
仮眠を取っていると11時過ぎにフロントより入電。
「今フロントにAが来ました。あなたを探しています。しばらく部屋から出ないように...」
翌日、機長より入電。
「会社から連絡が。Aはクルーから外された。我々3人で帰る」
『了解、Aの今後は?』
「幸運にも社内に肉親がいるそうだ。そに方に明日迎えに来てもらい、連れて帰ってもらう」
帰りのフライトは15時間。3人で勤務可能な時間ギリギリのため、いつもより飛ばして帰る。幸い、コロナの影響で空いていたので、予定より大幅に早く着陸。
帰宅後、気になって社内ポータルサイトでクルーリストを見てみると、Aの名前はもう無かった。